『茶の本』茶道から学ぶ日本文化の精神 岡倉天心

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新訳・茶の本―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)
岡倉 天心
角川書店
売り上げランキング: 39,968

著者である岡倉天心は

明治時代に活躍した美術運動の指導者。

生涯、彼が特に力を注いだのが

当時衰えかけていた伝統日本美術を

復興再生させることでした。

その活動は

横山大観、菱田春草らの愛弟子を育て

現代の日本美術院までつづく

近代日本美術の基礎を築きました。

そして日本美術を

もっと世界に広げようと活動しましたが、

当時の近代化、西欧化一辺倒の時代において

中々理解されず、活動の本拠地を

アメリカへ移します。

その後はボストン美術館にて

東洋美術部門の責任者として

古美術収集活動などの仕事に従事し

自分の理想とする伝統東洋文明の

あり方を広く欧米世界に

発信していった人物です。

主な内容

本書を読むことで茶の世界が

歴史・文学、宗教、芸術といった分野に

どう繋がっているのかがよく分かります。

まず日本は鎖国によって

長く世界から孤立した結果、

その分深く自国の文化を発展させてきました。

その中でも茶道は

雑念とした日々の暮らしの中に

身を置きながらそこに美を見出しすことで

敬い尊ぶ心や、相手を思いやる慈悲心の深さ、

社会秩序への畏敬の念を学ぶことができます。

そして私たち日本人の

住居、習慣、衣服や料理、陶磁器、漆器、絵画、

さらには文学に至るまで

茶道の影響を受けていないものはない

といっても過言ではないということが分かります。

つまり茶道の存在を知らずに

日本文化を学ぶことはできないということです。

これらから分かるように

茶道という文化はごく身近にありながらも

芸術、哲学、宗教にも変幻自在に

変化していく文化だというのです。

絵を例にとってみると

茶の世界にも発展の段階があって

絵の場合は順に

古典派、ロマン派、自然派という流れがあり、

茶の場合は

煮立てる(団茶)、泡立てる(抹茶)、浸す(煎茶)のようになり

その扱い方の違いによって

それぞれの時代背景から

精神的特質や歴史を学ぶことができます。

そして茶とは単なる遊びや作法ではなく

teaismという語に示されるように

東洋文明が到達した最高の哲学だと

天心は本書で語っています。

これは老荘思想、道教、禅の根本思想を引き継いでおり

その要点は大きく二つに分けられます。

ひとつ目は禅の解釈に集約されるように

この世の一切は相対的な存在出会って

絶対的に固定されているものではない。

すべては絶えず移り変わっているという考え方

この考え方に立つなら

儒教が重視するような社会秩序は無意味となり

自然と共に自由気ままに生きることこそ

望ましい生き方となるからです。

ふたつ目はこうして絶えず移り変わっていく

世界に生きているからといって

正統仏教のように無常厭世観にとらわれるだけでなく

逆に現在目の前の現実をかけがえのないものとして

十全に受け入れ味わえという教えだからなのです。

この二つの要素こそ

茶という文化の基礎になっていると

天心は考えています。

印象に残った言葉

天心は老荘思想の哲学に

強く影響を受けているように思います。

例えば老荘の虚という哲学では

自己主張ばかり押し付けても相手に受け入れられない。

自分を空っぽにすることによって

自他一体の境地に達し目的を果たすことができる。

これを天心は芸術鑑賞として例えており、

芸術の真の意義とはコミュニケーションであり

芸術家は一方的に自己表現を押し付けるのではなく

余白なり暗示なりという工夫を用いて

鑑賞者が感情移入できるような余地を与え、

鑑賞者も自分の勝手な思い込みや見方を排して

できる限り製作者の意図に近くよう

お互いが努めることが肝要だといいます。

双方が謙虚に相手を思いやる

という日本文化ならではの精神が垣間見れますね。

まとめ

現代社会に当てはめてみると

当時と比べて競争がより一層増して

心にゆとりを失ってしまっているのが

現在の世の中ではないでしょうか。

現代は生産性を求めるあまり

精神的な豊かさを蔑ろに

してしまっているように思います。

そんな時はやはり天心の言われるように

余白として生きてみるということこそが

最も重要だと本書を読み終えて思いました。

新訳・茶の本―ビギナーズ日本の思想 (角川ソフィア文庫)
岡倉 天心
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